誰もがタネをまき、野菜を育てる世界を目指してーープランティオCEO・芹澤が目指す、自給自足を超えた「共給共足」の世界とは
■目次
●食と農が生活の中心になれば、あらゆる社会問題が解決する
●農にまつわる大切な文化を取り戻すために
●いのちのゆりかご、プランター開発に秘められた祖父の思い
●「おじいさまの発明の本質は、プロダクトではないでしょう?」
●誰もがタネをまき、みんなで育てる社会を目指して
人はものを食べなければ生きていけない。しかし、高度経済成長期を境に、それまで生活の一部であった農に紐付いた文化や知恵――畑を耕して、タネをまいて、野菜を育て、収穫。採れた野菜を保存、おいしく食べるための方法、みんなで助け合うコミュニティ機能まで――を、多くの人が手放してしまいました。
「農」という営みは、近代に至るまで多くの人々にとっての日常でした。しかし現代では多くの人が、その営みのほとんどすべてを農家の人々に頼りきっています。そこにたくさんの時間と労力がかかっている事実を、日頃からそこまで意識できないままに、ただ消費している。
私たちはこのまま、命に不可欠な「食」や「農」にまつわることを、人まかせにしたままでいいのでしょうか。
「生きるうえで最も大事な要素をアウトソーシングし続ける社会には、いつか限界がやってくる。農家に頼りきりになっている現状を、なんとか変えなければいけない」
PLANTIO(プランティオ)CEOの芹澤孝悦(せりざわ・たかよし)はそんな志を持って、現在の事業に心血を注いでいます。
食と農が生活の中心になれば、あらゆる社会問題が解決する

プランティオは「SOCIAL GROW OUR OWN――自分たちが口にするものは自分たちで育てる」というミッションを掲げて、「grow」というブランドを展開しています。
「私たちは野菜を育てることを農家さんたちにまかせきってしまっていることで、フードロスや食料自給率など、食に関するさまざまな問題を見過ごしてきました。スーパーで野菜を買って食べるように、ただ消費するのではなく、自分たちで食べるものをみんなで楽しく育てる。
そんな自給自足を超えた“共給教共足”の社会をつくる過程で、生きるうえで大切なものを取り戻していきたい。そんな思いを込めてブランドを名付けました。ハードウェアやアプリ、ウェブサービス、シェアファームなど、『grow』という冠でさまざまなサービスを展開しています」
そのひとつが、今後リリース予定のIoTプランターのセット「grow HOME」。6種類のセンサーを搭載したハードウェアとプランター、独自に開発した土がセットになったプロダクトです。

「6つのセンサーを通して土壌や気温、湿度のデータを蓄積。AIのサポートで最適な育て方をナビゲートしてくれます。スマートフォンアプリを通じて水やりや収穫のタイミングを通知してくれるので、誰でも簡単に野菜を育てることができます。

冷蔵庫から野菜を取り出すような感覚で、このプランターで育てた野菜を収穫して、料理に使う…といった生活をすることで、自分が育てたものを食べる楽しさを知ってほしいと思っています」
※関連記事:リリース予定のIoTプランターのセット「grow HOME」の概要
さらに、アプリを通じて栽培状況をシェアすることにより、野菜づくりを起点として人間関係を豊かにすることができるといいます。
「たとえば、野菜が育つ様子をアプリを通して家族や友人と共有することができます。別の場所に住んでいるおばあちゃんが、息子夫婦のベランダの野菜の様子を見て『もうすぐ水やりよ』なんてコメントを入れることも可能。
また、近所の人と栽培状況を共有して、育てている野菜の交換なんかもできます。食と農というフックがあれば、コミュニティは今よりもっと豊かになっていくはずです」
プランティオは、このハードウェアを使ったIoT都市農園「grow FIELD」も運営中。現在は渋谷区恵比寿、神泉の2箇所がオープン中で、今後は中央区日本橋でもオープンを予定しています。


「都心のビル屋上にgrow FIELDをつくり、サブスクリプション型のシェアファーム(※現在は無料で利用できる期間です)として運営しています。現在はコロナウイルスの影響で多くの人を呼び込むのが難しいですが、事態の収束後に向けて、ここで収穫した野菜を付近のレストランで料理してもらうなど、いろんな楽しみ方ができる仕組みを準備しています。
仕事帰りや休日のレクリエーション、会社の部活動など、多岐にわたる使い方をしていただけるよう、各所との連携を模索しています」
関連記事:過去に開催した、grow FIELDを活用したイベントの様子
農にまつわる大切な文化を取り戻すために
こういったgrowの活動を通して、食と農をライフスタイルの中心に取り戻していく。これまでに手放してしまった農にまつわる大切な文化を含め、再度、自分たちの手にしようというのです。
「英語で農を意味する『aguricuture(アグリカルチャー)』は、ラテン語の(agri=畑)と(culture=耕す)を合わせた言葉です。つまり、「農」という言葉には本来、地域を結束させるためのお祭りや、『七十二候』などの風土に合わせた季節の分け方、地域ごとの食べ物の保存法といった、さまざまな文化=カルチャーをも含む言葉でした。
しかし、現在は『農業』という、工業だけを切り出した言葉を使い、カルチャーの部分をすべて切り離してしまったことで、消えつつある文化がたくさんある。
そんな大切な文化を取り戻す第一歩として、なにができるか。それは、人々が自らタネを植えることだと思っています」

芹澤さんは、このことを「食の生産のデモクラシー、“生きること”の民主化だ」と、表現します。
「食と農が生活の中心になれば、あらゆる社会問題が解決するのではないか? ぼくは本気でこう思っているんですよ。現代にはびこるさまざまな社会課題の根底には、人々の不安が渦巻いています。そんななかで、『もし明日仕事やお金がなくなっても、食べ物はあるし、ご近所さんも頼れるから、なんとかなるだろう』と思えることが、どれほど心強いことか。
身近に自給自足できる社会システムがあれば、人々は心穏やかに助け合えるようになるはずです。農のという営み自体が、身近な人との助け合いの上に成り立つものですから。
食と農を取り戻すことで、人々は本質的な生き方に回帰していける。ひいてはそれが、資本主義や人間中心主義から脱却し、サステナブルな自然中心社会に還っていくきっかけに繋がっていくのだと、私は信じています」
いのちのゆりかご、プランター開発に秘められた祖父の思い

現在は熱く「食」と「農」のテーマに取り組む芹澤ですが、昔からこの分野に興味を持っていたわけではありませんでした。
「子どもの頃は音楽家になりたくて、大学時代までは本気でジャズのサックスプレイヤーを目指していたんです。ところが、生まれて初めていただいた演奏のギャラが、5000円だった。5人で割ってひとり1000円。演奏家では稼げない業界の現実を悟ってしまい、慌てて就職活動を始めることになりました」
そこから芹澤は、自身の音楽歴を生かして、エンタメ業界へと足を踏み入れていきます。着メロづくりをするサウンドディレクターとして就職したことを足がかりに、レコード業界や芸能界の仕事も手がけていき、数年後に、国民的アーティストやハリウッド映画のプロモーションを多数手がける、敏腕クリエイターになっていました。
この業界で、人を楽しませる仕事をずっと続けていこう。そう思い始めていた矢先に、人生は大きな転換点を迎えます。父親が病に倒れ、やむなく家業に戻ることを決意。その家業とは、1949年に彼の祖父が興した、セロン工業でした。
「セロン工業は、祖父が日本で初めてプランターを発明したことで成長を遂げてきた会社でした。ぼくは家業に戻ってから、事業整理や理解を深めるべく、会社の資料室を漁ってプランターの仕組みや歴史を調べ始めました。そこで、祖父が手書きで残していた資料を見つけたんです」
そこ書かれていたのは、プランターの開発の背景にある、祖父の並々ならぬ思いでした。
「彼は終戦から間もない、誰もが近代的な進歩や発明に目がいっていた時代に、『家庭にも置ける植物の育成容器を開発しよう』と決意し、大学の研究機関と協力しながら、5年もの試行錯誤を重ねてプランターを完成させました。
その軌跡が克明に記された資料の最後には『これは“いのちのゆりかご”である』と書いてありました。初めてそのフレーズを見つけたときは、なんだかもう、どうしようもなく涙が止まりませんでしたね」
祖父の思いを、自分は引き継いでいく使命がある――そう感じた芹澤は、現代に合わせたプランター事業を模索するために、家業から独立させる形で、プランティオを創業したのです。
「おじいさまの発明の本質は、プロダクトではないでしょう?」

プランティオを立ち上げてから、新たなプランター事業の開発に打ち込み始めた芹澤。その紆余曲折の中で、よき水先案内人となってくれたのが、共同創業者であり、投資家として出資をしてくれていた孫泰蔵さんでした。
「ぼくは当時、『最先端の技術を結集させた、すごいプランターをつくろう』と躍起になっていました。事業の根幹を成すプロダクトですから、早くつくって、早く発売して成果を示さなきゃと焦っていたんです。
そうやって視野が狭くなっていたことを見抜かれたんでしょうね。泰蔵さんからある日『方法論にこだわるのは止めませんか? このまま続けるんだったら、ぼくは引き上げますよ』と言われたんです。
そして続けて『おじいさまの発明の本質は、“すごいプロダクト”ではなくて、“アグリカルチャーに触れられる機会をつくったこと”でしょう?』と問いかけられ、雷に打たれたような衝撃を覚えました」

祖父の手書きの言葉を見て涙したのは、まさにその本質――都市が近代化していくことによって、人々の生活から農の営みが遠のいてしまうことを憂い、「せめて家庭に自然が残るように」という祈りをプランターに託していたこと――に触れたからなのだと、あらためて気づいたのでした。
「泰蔵さんの言葉のおかげで、プロダクトに執着せず、『どんな世界を理想として、どう社会をデザインしていきたいのか』ということを軸にすえて、事業戦略を立て直せたのです。その結果として、いまのgrowの構想ができあがりました。
あのアドバイスがなかったら、ハードウェアスタートアップとしてプロダクトを出して数台売って終わり……みたいな結末を迎えていたかもしれません。本当に感謝しています」
誰もがタネをまき、みんなで育てる社会を目指して

これからプランティオが目指す世界観を尋ねてみると、芹澤は「誰もがタネをまいて、みんなで育てる“共給共足”の社会」をつくりたいと表現しました。
「SDGsや循環型社会など、これから目指すべき社会の方向性を示す言葉は、今の世の中にたくさん転がっています。けれども、実際そうした言葉を聞いても、多くの人たちは何をしたらいいのか、ピンとこないと思うんですよね。
だから、私たちは身近で簡単に始められる行動変容を促していきたい。それが『タネをまこう』『みんなで育てよう』のふたつであり、そのためにもIoTプランターのgrow HOMEとIoT都市農園のgrow FIELDを全国で広めていきたいと考えています」

growのサービスを起点に、人々が自然と、そしてご近所さんたちと触れ合う機会を増やしていく。育てる喜びや学びがそれぞれの地域で循環していけば、社会はもっと豊かになっていくはず。理想に向けて、プランティオはこれから、新たな施策を積極的に打ち出していきます。
「4月リリースしたウェブサービス『grow SHARE』は、ベランダ菜園からコミュニティファームまで、街中にある野菜を育てる場所を『vege SPOT(ベジスポット)』としてマップ上に登録ができます。
栽培に関する情報交換やボランティア募集、野菜のおすそ分けなど、コミュニケーションのハブとしてご利用いただけます。これによって、農による人々のつな繋がりを促進し、地域社会にアグリカルチャーを浸透させていきたい。
コロナの影響が収束した後には、大型商業施設や大手カフェチェーンなどとの提携を予定しています。こうして皆さんが通いやすい場所に、気軽に農に触れられるポイントとしてgrow FIELDを地道に増やしていきたいと考えています」

都市部でも街中に自然、農園があふれる未来――それは決して夢物語ではないと、芹澤は断言します。
「イギリスのロンドンではすでに、約2800箇所もの都市農園があって、地域住民たちがそこで協力して野菜を育てているんですよ。『野菜は買うものではなく、つくるものだ』という価値観が、少しずつ根付いてきているようです。
これから日本でも、ロンドンのような流れは必ず訪れるでしょう。私たちは農家さんたちに頼りきりになっている現状から脱却して、自分の生に向き合うべく、食と農を取り戻していく必要がある。祖父の思いを受け継ぎ、プランティオの事業を通して、人と人、人と自然との繋がりを豊かにしていくことが、自分の天命だと思っています」
(終わり)
編集協力=西山武志 撮影=杉原洋平
編集=森ユースケ