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果てしない感謝を込めて食材を使い切る──ミシュラン二つ星の「草喰なかひがし」で育ち、18歳からイタリアで修行。西麻布の人気イタリアンシェフが本場で学んだ「地産地消」の本質とは

grow official
2020-04-02

農と食に関する分野の最前線で活躍する人物と、PLANTIO(プランティオ)代表の芹澤孝悦が対談する企画「PLANTALK」の第6回。

今回お話を聞くのは、西麻布で人気イタリアンレストランを切り盛りする、中東俊文さん。

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創業120年を超え、数多くの文化人が足繁く通った料理旅館「美山荘」に生まれた、ミシュラン二つ星の「草喰なかひがし」の店主を父に持つ。高校からは父の店を手伝い、18歳で単身イタリアへ。星付きレストランで修行し、帰国後は「地産地消」をテーマに名店を渡り歩き、2016年に自身の店「エルバ・ダ・ナカヒガシ」をオープンした。

先祖代々、身近にある野草など「草」を大切にしてきた料理人である中東さんに、「地産地消」が根付いているイタリアで学んだ「持続可能性」の本質について、語ってもらった。

社会問題解決のために必要なアクションというイメージのある「地産地消」という言葉だが、じつは食材の味や栄養を面においても、理にかなっているとか。

日本では、なぜ地産地消が根付かないのか。そして、野菜の葉っぱや茎、肉の骨、チーズの皮まで使い切るという姿勢の裏にある精神とは。料理人だけでなく、誰でも、明日から始められるサステナブルな社会への第一歩まで…。話題は多岐にわたった。

©エルバ・ダ・ナカヒガシ

中東俊文(なかひがし・としふみ)
1982年、京都府生まれ。高校3年間は実家の老舗料理店「草喰なかひがし」の仕事を手伝い、18歳でイタリアへ。トスカーナ「アルフォルノ」、パリ「プラザ・アテネ」など、星付き店で修行を積んで、帰国。若くして大阪「セントレジスホテル」で料理長を努めたのち、2016年に西麻布で「エルバ・ダ・ナカヒガシ」をオープン。イタリアン料理のシェフでありながら特注の和の食器を使い、東京産の食材にこだわって、ジビエと野菜を中心とした繊細なコース料理を提供している。「erba da nakahigashi 」(エルバ・ダ・ナカヒガシ)https://www.erbadanakahigashi.com/

代々受け継がれてきた「草」という言葉へのこだわり

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芹澤 中東さんのご実家は、京都の「草喰なかひがし」ですよね。現在オーナーシェフを務めている「エルバ・ダ・ナカヒガシ」の「エルバ」は、日本語で「草」を意味します。お父さまの店の「草」を受け継いだのでしょうか。

中東 そうですね。ぼくの一族は料理人が多いのですが、そもそもの始まりは曾祖母が京都の山奥につくった宿坊です。峰定寺(ぶじょうじ)という修行僧のお寺の近くに、「美山荘(みやまそう)」という宿坊をつくって、叔父の代に町からも人を招くようになったんです。

京都駅から2時間かかる山奥で、近くに生えている山菜やキノコ、ジビエでもてなすことを「摘草(つみくさ)料理」と定義して、お客さまをもてなしていました。

※美山荘
京都市左京区花背にある、1895年創業の料理旅館。峰定寺をお参りする人々のための宿坊として建てられ、三代目当主が料理旅館へと改築、屋号を「美山荘」とした。立原正秋や白洲正子などの文化人が足繁く通ったほか、司馬遼太郎の作品や人気マンガ『美味しんぼ』などに登場。人気アニメ映画『若おかみは小学生!』の制作にて、主な舞台となった旅館を描くための取材もおこなわれ、玄関のデザインの参考にされているという。公式ウェブページ:http://miyamasou.jp/

その家の次男に生まれたぼくの父が、独立する際に、また違ったことを始めようとしたんですね。「野菜は皮まですべて使い切りましょう」という教えで育った父は、よそ行きではなく、自分が慣れ親しんだ食事をご提供しようと決めた。道端に生えている野草や、曲がった形のカブなんかも含め、なんでも使いますよ、という考え方です。

書道には、「真行草(しんぎょうそう)」という言葉があります。「真書」は正書・楷書の意味で、「草書」は正格を逸脱した書体。つまり、書道でいうところの、「草」にあたる食事を出しましょうということで、ぼくの父が「草喰(そうじき)料理」の店として、「草喰なかひがし」(※)を始めたんです。

※草喰なかひがし
京都市左京区浄土寺石橋町にある、1997年創業の日本料理店。ミシュラン二つ星で、過去にはNHKのドキュメント番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』で取り上げられたことも。店主の中東久雄さんが毎日野山を歩き、季節ごとの野草や食材を収穫。料理をするスタイルで人気を博し、「京都でいちばん予約がとりづらい」とも言われる。公式ウェブページ:https://www.soujiki-nakahigashi.co.jp/

芹澤 中東さんのお店でも、お父さまのお店と同じように、野菜にこだわったコース料理を提供しているんですよね。使っている野菜の95%が東京産だと聞きました。地産地消へのこだわりは、代々受け継がれてきた精神なのでしょうか。

©エルバ・ダ・ナカヒガシ
広尾駅から徒歩約8分の、エルバ・ダ・ナカヒガシ内装。カウンター8席とふたつの個室でこじんまりとしながら、完全予約制のため、ゆったりと過ごすことができる。

中東 そうなんです。父の店でも、近くで採れる野草や京都・大原の野菜を使っていました。それに加えて、ぼくが修行をしてきたイタリアンの根底には、「スローフード」という言葉があります。日本でいうところの「身土不二(しんどふじ)」(※)で、消えゆくおそれのある伝統的な食材や料理、質の良い食品を残していこうという精神です。ぼくが修行した店に限らず、スーパーなどの小売店も、近隣の農家さんたちとのコミュニケーションを欠かしません。

※身土不二
「人の体と土とはひとつである」とし、身近な場所で育った旬のものを食べて暮らすのがよいとする考え方。もともとは仏教用語「身土不二(しんどふに)」で、これまでの行為の結果である「身」と、自身がよりどころにしている環境を意味する「土」は切り離せない、という意味。そこから転じて、食養運動のスローガンとして、「身土不二(しんどふじ)」という言葉が使われるようになった。「スローフード」「地産地消」と同一の意味で使われることもある。
参考:山下惣一 著『身土不二の探究』(創森社)

日本に帰国してからも、イタリアンのシェフである以上は、常に地元の食材を使いたいと思って、料理をしてきました。4年前に東京で店を始めるにあたって、おいしい野菜を探して、東京近郊の畑をたくさん見て回りました。三浦半島、鎌倉、千葉…。おいしい野菜はたくさんあったんですけど、自分のなかでしっくりくるものに、なかなか出会えなくて。

そんななかで、あきる野市でおいしい鮎を仕入れに行ったとき、川辺にクレソンが生えていることに気がつきました。川の上流のほうに登っていくと、たくさんの野草を発見。そこで野草を採るようになり、そんな姿を見た地元の方々がだんだん話しかけてくれるようになっていったんです。仲良くなって、自分がシェフであると話すと、「うちで育てた野菜を使ってよ」と言っていただく機会がありました。

カブやネギ、ほうれん草や水菜。それらの野菜を食べてみると、“腑に落ちる”味がしたんですね。その理由として思い浮かんだのは、水質です。その水で育った鮎もおいしいし、なにより、故郷の京都の水と似ている気がしたんですよ。その水で育った野菜だからこそ、腑に落ちる味だったのかなと。

©エルバ・ダ・ナカヒガシ
中東さんがお店で提供する、鮎の塩焼き。

芹澤 野草は、山の中に自生していたものですか?

中東 そうです。カタバミ、クレソン、ノカンゾウ、ノビル、ヨモギ…。いろんな野草が自生しているほか、あの辺りは東京の在来種(※)である、のらぼう菜の原産地なんです。記念碑もありますし、文献にも残っています。調べてみると、昔は五日市村などがあった場所が統合されて、現在のあきる野市になっている。

そして、のらぼう菜はこの地域発祥の野菜であることが書かれていて、付近の農家さんたちは、のらぼう菜を中心に栽培されていて、生活と農が密接に関わる生き方をされています。

※固定種・在来種
多くの株のなかから、その品種の特徴がよく現れた株を選抜してタネをとり、栽培を繰り返すことで出来上がった品種を「固定種」という。そのうち、特定の地方で栽培・継承されてきた品種を「在来種」と呼ぶ。長い期間をかけて、風土や気候に適応、土地に根付き、栽培する地域の名前をとって「○○野菜」「○○伝統野菜」と呼ばれることもある。昭和30年代頃までは、ほとんどの野菜が固定種だったとか。一般的に、大量生産の品種に比べて、味が濃いとされている。

固定種の重要さに気づいたきっかけ

芹澤 固定種・在来種に興味を持つようになったのは、いつ頃からですか?

中東 明確に言語化できるようになったのは、ここ10年くらいなんですよ。そもそも、ぼくが野菜を中心に出す店をつくりたいと考えるようになったきっかけは、かつて故郷の京都で体験した味にあります。

小さい頃には、近所のおばちゃんたちがリヤカーを引いて売りに来る、不揃いな野菜を日常的に食べていました。賀茂ナスのステーキや、九条ネギの味噌汁なんかが思い出に残っているんですけど、中高生になった頃には、そんなことはすっかり忘れていた。スーパーで買い物をするようになって、野菜ってあんまり好きじゃないな、という感覚になっていたんです。

15歳から店の手伝いをしつつ、18歳からはイタリアに渡って料理人としての修行を積みました。イタリアで生活し始めると、スーパーで買う野菜が、なんだか味が濃くておいしいことに気づいたんです。その味は、子どもの頃に食べていた野菜を彷彿とさせるものでした。

その後、日本に一時帰国した際にスーパーで気づいたんですけど、日本のお店では、きれいに洗ってパッケージングされた野菜が売っていますよね。イタリアでは、近所の農家さんたちがニコニコして、形が不揃いな野菜がカゴにどーんと乗せていく。それを自分で計量してレジに持っていくんです。

芹澤 日本では、大量生産に特化した「F1種(※)」の野菜のうち、工業製品として画一化、均質化された個体のみが店頭に並ぶわけですよね。

※F1種
「 First Filial Generation」の意味。異なる純粋な親どうしをかけ合わせて生まれた雑種第一代目で、「一代交配品種」とも呼ばれる。両親がもつ性質のうち、優性の遺伝子だけが現れる。この性質は、大量生産のために利用されることが多く、大きさが均一、生育が早い、病気や害虫に強いなど、育てやすい特定の性質を持たせることが可能な一方で、その子どもの第二代目は親とは同じ形質にならないため、基本的に育てた株からタネを採ることができない。

中東 はい。でも、じつは日本でも味にこだわって、固定種・在来種を育てる農家さんもいらっしゃいます。実際、ぼくが一時帰国するたびに、父の店で仕入れている野菜が、アップデートされていって、イタリアで触れている野菜に近い味と近いものが増えていったんです。

それは、京都の大原で育てられた野菜でした。日本でも、おいしい野菜を作っている人たちはいるんだ。そんな情報を広く発信していきたい。そう考え始めた頃、24歳で帰国して小さなレストランを任され、京都の大原に毎日通っていたんですね。

その当時の仕事に目をつけていただいて、大阪のセントレジスホテルの料理長を任せていただくことになりました。セントレジスでは、「ホテルを中心に100km範囲の食材を扱う」という方針を立てて。食材をさがす過程では、固定種・在来種を大阪で育てる農家さんと出会いました。

その方たちとコミュニケーションをしていくうちに、京都で触れていた野菜が、固定種・在来種だったことに、ようやく気がついたんです。大阪であらためて勉強するまで、その事実に気づいていなかった。この時期から、固定種・在来種の大切さを学んで、発信していこうと、強く意識するようになりました。

芹澤 食材の質に感度が高いシェフから見ても、固定種・在来種の味は格別なんですね。日本では野菜嫌いの子どもが多い印象ですが、中東さんのように、小さい頃から味の濃い野菜に触れて育つと、また違う結果になるのかもしれません。

中東 今年で6歳になるぼくの娘も、基本的には野菜が嫌いで、皿から避けてご飯を食べているんです(笑)。ただ、一緒に畑に行って、その場で食べてみることもあるんです。すると、しばらく時間が経っても、「これは、いついつに一緒に会った農家さんの野菜だよ」と伝えると、喜んで食べるんですね。ほうれん草、ダイコンの葉っぱ、ニンジンまで。どうやら、味の違いがわかるようで、頭で理解するより、舌が反応しているような気がしています。

「地産地食」は味や栄養の面でも理にかなっている

芹澤 「地産地消」という言葉は、ソーシャルグッドの文脈で使われがちな印象があります。しかし、その地域の土壌に合った食材を、新鮮なうちに食べることで、そのほうがよりおいしいという、味の違いも大きいのでしょうか。

中東 そうですね。基本的なことですが、その土地の気候や土壌に合った種が残っていく。その結果が、固定種・在来種として存在しているわけですよね。「身土不二(しんどふに)」という言葉もありますが、遠方に運搬することで鮮度も下がるわけですし、近くで食べるほうが、味の面でも理にかなっている側面はあるでしょうね。フードマイレージ(※)もゼロに近づけるので、社会問題の解決に寄与する部分もあります。

 ※フードマイレージ
食材が産地から輸送される過程で発生する二酸化炭素の排出量を、距離と重量で数値化した指標。環境への負荷を表す指標として利用されている。 輸入食材に依存する日本は、世界各国に比べ、極めて高い数値を示している。

芹澤 土地の条件に合わせて生き抜いた種が、その土地ならではの味わいになる。どこでも育つが農薬が必要という、量産するためだけにつくられたタネの野菜と比べて、味が違うのは当然です。味のキーとなる要素には、土の中の微生物と水の質があると思います。

中東 たとえばワインでも同じで、高級ワインの代名詞である「ロマネ・コンティ」の畑の木を、土ごと別の場所に移しても、同じ味になるわけではない。土の中の菌や浮遊菌、それらの環境すべてが、ワインの味を決める。「ワインは農産物」といわれることもあるのですが、まさしくそのとおりなんです。野菜も同じで、周りの環境すべてが、味の決め手になるわけですね。

芹澤 そこで我々がやりたいと思っているのは、どんな野菜が、それぞれの土地の気候や土壌に合っているのかを、データとして捉えることです。外来種でも、場所によっては意外とマッチする可能性もありますよね。我々が開発している「grow」のアプリでは、農園に設置したセンサーがいろんなデータをサーバーに送るので、いろんな畑にセンサーを刺しておくことで、データを蓄積したいと考えているんですよ。

そのデータをもとにして、ユーザーが、いつ、どのくらい水をやるべきなのか。いつ頃に収穫できそうなのかといった、スケジュールを把握できる仕組みをつくっています。

プランティオがてがけるgrow FIELD(IoT化された農園)のひとつ、 「grow FIELD EBISU PRIME」。恵比寿駅から徒歩約5分の商業施設の屋上にある。
grow FIELDには、6種類のセンサーが搭載されたギア「grow connect」(写真中央)が使われていて、温度や湿度、日照量などのデータをサーバーに送り、蓄積していく。

中東 プランティオの試みを聞いて、まず素晴らしいと思ったのは、そこなんです。農に関わる人がどんどん減っているなか、先人たちの知識を残していくすべを、ぼくたちの時代で考えないといけない。

ふだん畑仕事をお手伝いしていると、結局は長く農に触れてきた人の勘に頼らざるをえない領域がある。その部分をデータ化できるなら、ノウハウがない人でも、ある程度の野菜を育てることができるようになると思うんですね。

芹澤 畑のデータだけ蓄積しても、長年の経験をお持ちの方の勘やデータと照合しないことには、その正否が判断できません。中東さんのいうとおり、プロの方に手伝っていただいて、検証を続けて生きたいと思っています。

高度経済成長以降、社会が効率を重視しすぎた

芹澤 そもそも、なぜイタリアンの世界では、日本と違って「地産地消」が根付いているのでしょうか。

中東 本来は、日本でも根付いていたはずなのですが、高度経済成長にともなって、「きらびやか」であることや「目に見える美しさ」の優先順位が高くなりすぎたのでは、と考えています。単価を上げるために、肉でも魚でも「希少な部位のみを使っています」と謳って、あとは捨てる。そんなやり方が横行していきました。なんなら、その“捨てる”行為が美徳とされていた時代があった。もちろん、それで生まれた文化もあるとは思うのですが…。

芹澤 ぼくが前職で触れてきた、お花の業界での光景もそれに近いです。たとえば、桜のこの枝1本だけを使うといった、美徳のある世界。いろんな価値観や文化があるのは良いと思うのですが、世界全体を見渡すと、持続可能性という本質的な発想に回帰していっているのが現状でしょう。

中東 以前、芹澤さんからお聞きした「農と工業の距離が近くなりすぎて、もともとは農と身近であったはずの日本人の暮らしが、変わってしまった」という話は、とても腑に落ちました。

芹澤 もともと、暦(こよみ)が「七十二候」に分かれていたり、地域によって違った漬物が受け継がれていたり、家と畑の物理的な距離が近かったり。農に根ざした文化は多様であったはずなのに、それらがある時期からぽっかりと抜け落ちてしまっているんです。

中東 自分が小さい頃には、おばちゃんがリヤカーをひいて土のついたニンジンやダイコン、ナスを持ってきてくれた。その横で、トンボを追いかけながら畑を走り回る。そんな体験をしていたので、僕の前の世代の人たちは、農と近い生活をしていた記憶があると思いますが、我々の下の世代は、そういう経験をしていない。これは危惧するべきことなんだと思います。

芹澤 たとえば、お茶をコンビニで買うのが当たり前な世代にとっては、こうやって急須でお茶を入れることも知らないわけですよね。

中東 たしかに。じつはいま飲んでいるこのお茶も、今日の朝にお茶の茎の部分を焙じた、ほうじ茶なんですよ。

湯呑やお皿などは和食器を使用。イタリアンレストランながら、和のテイストを感じさせる。

芹澤 エルバダナカヒガシでは、ハーブティーにこだわっていると聞きました。

中東 野菜を中心としてコースの中で、繊細な味を楽しんでいただくため、最後にエスプレッソでそれまでの味を飛ばしてしまうより、余韻も含めて楽しんでもらえるようにハーブティーをお出ししています。

去年の夏には恵比寿の農園にも、ちょこちょこお邪魔して、ハーブを採らせてもらいましたね。ハーブは強い植物なので、場所を選ばずに育てることができるので、都市農園にはぴったりかもしれません。

余談ですが、ローマ軍があれだけ規模を拡大できた理由のひとつに、征服した土地にどんどんハーブを植えていったことがあるといわれています。どこでも育てやすいうえに、栄養価が高く、医療的な面でも役立つ。ヨーロッパでは、医薬品として承認されている品種もあるほどです。

捨てるところはない、全部使うほうが理にかなっている

芹澤 地産地消のほか、中東さんが大切にしている精神として、「一物全体(いちぶつぜんたい)」という言葉がありますよね。

中東 「一物全体」とは仏教用語で、生物は全体を含めてバランスが取れている状態なので、部分的にではなく、まるごと食べるべきだという考え方です。食材は使う部分によって採れる栄養素も違うので、すべて使い切るほうが栄養バランスが良いという意味も含まれています。

芹澤 とても奥深い、多角的に解釈できる言葉だと思います。野菜を育てる過程でいえば、窒素やリン酸、カリウムといった栄養素だけを取り出して、作物に与える方法があるんですが、それは自然に生まれたものの一部でに過ぎない。微量元素が野菜のおいしさや栄養、安全を担保するわけではありません。一部ではなく、全体を捉えてこそ、成り立つ物事もあると思います。

中東 ぼくの家系は代々料理人として、この「一物全体」という言葉を大切にしてきました。特に印象に残っているのは、父方の祖母が、とても料理上手だったことです。ずっと山の中で育って、学があるわけではない。でも、大切なことたくさんを教えてくれました。

「カブは皮がおいしいから、一緒に炊きや」とか、「カブはカツオで炊いて、ダイコンはジャコで炊いて」と。料理の勉強をすればするほど、教わってきたことが、理にかなっていると気づくんです。

父がよくいうのですが、「華麗な包丁さばきなどの腕を持っているわけではない。ただ、野山や農家さんへの果てしない感謝の気持ちがあるから、心をくだいて、食材のすべてを使い切る」。これが、ぼくたちの武器だと思っています。ぼくたちより腕の良い料理人は、きっとたくさんいます。ただ、想いの部分では負けていないし、そこに共感していただくお客さま、農家さんたちも多いんですよ。

芹澤 食材を使いきるとはいえ、多少は残ってしまう部分もあると思います。それらはどのように処理しているんですか?

中東 うちのレストランのスペシャリテは、サイフォンを使ってつくるミネストローネです。いわゆる「くず野菜」といわれる、野菜の皮は乾燥させてサイフォンの上に置き、生ハムの骨やチーズの皮でダシをとる。その融合を野菜にかけて召し上がっていただくという工程でつくります。

©エルバ・ダ・ナカヒガシ
©エルバ・ダ・ナカヒガシ
(キャプション)エルバ・ダ・ナカヒガシのミネストローネ。季節に合わせてメニューを変えるお店のなかで、数少ない定番メニュー。数十種類の素材からサイフォンでスープを煮出して、旬の食材にかけて食べる人気の品。

中東 そのサイフォンに出がらしが残りますが、じつは粉砕してメレンゲ菓子に混ぜ込むと、良い味になるんです。砂糖には少しえぐみがあるのですが、野菜のえぐみと相性が良いので、軽い味わいのお菓子になる。

芹澤 フードロスは、限りなくゼロに近いわけですね。

中東 ほかのお店のスタッフが手伝いに来てくれると、いつも「なんでこんなにゴミが少ないんですか」って驚かれます。常に試行錯誤して、スタッフと一緒にあらゆる方法に挑戦しているんです。

真の「Farm to Table」とは、料理人が畑に出向くこと

芹澤 食に関する社会問題の文脈では、「地産地消」と列んで、「Farm to Table」という言葉もよく使われます。料理人の目線で、新鮮で安全な食材を提供するため、なるべく目の届く範囲で、農家さんから直接食材を手に入れたい、ということですよね。

中東 この言葉から連想されるのは、農家さんから、直接レストランに野菜を届けてくれるかたちだと思うんですけど。ぼくは、料理人こそが畑に行くべきだと思っています。ひとつは、料理人が「こんな食材があったらいいのにな」と考えるのではなくて、その土地にあるものを、どう活かすかが重要だと思うんですね。

自分がいる場所の気候と風土が、バジルとフェンネルを育てるのに適しているとしましょう。その状況を見極めて、それを活かせるのはどんな料理だろう…と思考できる料理人の育成が必要なのでは、と思うんですね。

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自ら畑に出向いて、農作業をする中東さん。

もうひとつは、畑に行ってみて、はじめて見えてくる世界がある。なぜなら、たくさん廃棄される野菜の中に、料理人としては“使える”と感じるものが非常に多いからです。

たとえば、サツマイモを育てている農家さんの場合、去年は日照量が足りなかったので、大きくならないイモが多かった。その小さいイモは市場に出せないからと廃棄してしまうんですけど、ぼくはそれを土のう袋4つぶんをいただいて、りんごと合わせたジャムをつくりました。

これがすごくおいしかったし、残ったリンゴの芯も、酵素にして調味料として使えます。結局、捨てるところなんてないんですよ。

お店入り口まで続く階段の途中、シェフ自ら摘んできた菜の花が飾られていた。萎れていない新鮮さが、畑に足繁く通っている証にも感じられる。

芹澤 大量生産・流通が前提となっている市場では、基準に満たずに廃棄されてしまう野菜でも、料理人から見ると、活かせるものがたくさんあると。

中東 “農業”という、ある意味“工業製品”として、基準に合致した最終プロダクトのみが、スーパーに列んでいるわけです。ただ、この最終プロダクトに至るまでには、いろんな状態がある。廃棄される野菜や、店頭に並ぶ前にカットされてしまう部分でも、おいしく食べることはできるんです。

魯山人の言葉にも通ずる「料理」と「調理」の違い

芹澤 これは料理人に限らず、それぞれのご家庭でも応用はできますよね。たとえば、買った食材は、捨てずにすべて使い切るとか。それは、誰にでもできる、サステナブルな世界への第一歩になると思います。

中東 そのとおりですね。買った野菜を捨てずに食べきる。これは少し意識するだけで可能だし、とても大切だと思います。ただ、売られている野菜は、生産・流通の過程で多くの部分を廃棄されていますよね。たとえばカブやダイコンでも、緑が残ってるのはほんの一部分で、白い実の部分のみが売られている。

その一方で、PLANTIOの手がけるビル屋上農園「grow FIELD」などで、自分で野菜を育てたり、有機栽培の農家さんから買う野菜は、採ったそのままの野菜を手に入れることができます。

ダイコンだって、本来は葉っぱどころか、花だっておいしく食べられるんですよ。実の部分以外も、捨てずにおいしく食べるための知恵を発信することで、誰もがサステナブルな世界をつくる第一歩を踏み出せるようになったらいいな、と思っています。

料理人にとっては、素材をどう活かすかかが腕の見せどころ。そういった理念をーーわかりやすい言い方をすれば、「レシピ」になるのかなーー持って、食に向き合っていきたいですね。

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中東 ぼくは、若いスタッフに向けて、「調理」と「料理」の違いはなにか、とよく聞くんですよ。「これ、調理しておきますね」って言われたら、「いや、この店では、食材に触れるのは、『料理』なんだ」と伝えていて。

魯山人が「料理とは、『理(ことわり)』を『料(はか)る』ことだ」という言葉を残しています。調理とは、ただ調味して、かたちを整えること。料理とは、食材に触れてどうこうするだけが料理ではなく、土地の風土や気候、周囲の環境を含めて、整えること。このふたつには、大きな違いがある。ぼくはそう考えています。

その場にあるものを作業的にこなすのが調理。料理とは、まな板の上にとどまらず、その前にあった生産者さんへの感謝の気持ち、その先にある食べ手への気持ちを込めておこなうことだと。

芹澤 魯山人の言葉は深いですね。心を込めるという意味だけじゃなく、食材のすべてを活かすほうがコストパフォーマンスも高く、ひいては環境への負荷も小さい。野菜にしても、大量生産・流通を前提にしているからこそ、大きさや見た目の均一化が必要になる。そのための基準をつくるからロスが出てしまうけれど、本来、自然環境には、基準なんてないはずです。

中東 うちの店では、ミネストローネをつくる際にあえて“くず野菜”という言葉を使います。でも、“くず”だと誰が決めるんでしょうか。それは人間です。歯で咀嚼できない、消化できない部分を、くず野菜だと決める。

ところが、野菜はくずだと思って生まれてきていない。だから、最後の最後まで活かすのが、料理人の使命だと思っています。

芹澤 そういったマインドを持つ料理人は、どのくらいいるのでしょうか。

中東 時代の流れを見ていると、世界のトップランナーの中には、そういう思いを持った方が増えている印象はありますね。近年、デンマークを中心に、食材のすべてを活かす北欧料理のシェフが注目を浴びています。おそらく、土地が貧しいので、素材を食べきるしかない生活だからこそ、そういう文化が生まれたという側面も有ると思うのですが。

芹澤 中東さんは、あるインタビューで、究極のサステナブルの一例を紹介していました。なんでも、「食材をつくるだけでなく、エネルギーまで自家発電するシェフがいる」とか。

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中東 スペインのエネコ・アスルメンディ(※)さんのことですね。彼はレストラン単体ではなく、村全体を設計してしまったんです。村全体で電力を発電、循環するシステムをつくって、その一部として店が存在する。この方式を応用すれば、腕のある料理人が限界集落に行って、店を繁盛させて復興する。そんな可能性すらあり得ると思うんです。

ぼくが東京で店をやっている理由のひとつは、ここにあります。東京にはいろんな場所から人が集まってくる。ぼくのもとで学んだ料理人が、自分の故郷に戻って力を発揮してくれる。そんな未来を思い描いているんですよ。

芹澤 それはすごいプランですね。知識と腕があれば、地域を活性化できる。その先には、それぞれの土地特有の固定種・在来種が消えずに済む未来があります。

※エネコ・アスルメンディ
1977年、イタリアのバスク地方生まれ。ミシュラン三つ星獲得の人気店を運営する。リサイクル素材を使い、地熱を有効活用する建物を建設、生ゴミはコンポスト化して肥料センターで再利用。雨水は貯めてリサイクルするなど、「エネコシステム」という独自の循環型の環境でレストランを運営するほか、CO2排出量削減のため、独自の物流システムを構築。また、地域の農家と協力、絶滅の危機にある土着の動植物種の保存を目指している。

自分が育てた野菜を、自分で料理して、初めて感じる世界

芹澤 将来的なプランもお話いただきましたが、その一歩手前の、誰でもできるアクションとして、grow FIELDを使ってイベントを開催するんですよね。その概要を教えてください。

過去、中東さんが開催した、grow FIELDで野菜を収穫して料理をするイベントの一幕。

中東 たとえばナスを食べるとして、ただレストランで注文したり、スーパーで買うのではなくて、畑で自分が育てた野菜を、自分で料理して初めて感じる世界があると思うんです。

なので、タネを蒔くところから始めて、発芽したら、支柱を立てる。つるや茎をその支柱に結びつけて、生長の方向やバランスを調整して、実が成ったら、切って、剪定する。同じことを繰り返していって、秋ナスが採れるまでの過程を楽しんだうえで、美味しく食べる。

そんな具合に、一緒に畑仕事をしたあとで、その畑で採れた野菜をおいしく食べる。そんなイベントを、5月末から毎月開催しようと思っています(※新型コロナウイルスの影響を鑑みつつ、開催時期を調整します)。

芹澤 自分で育てて、自分で食べる。1年かけて、そんなカルチャーを浸透させていくイベントですね。

中東 そのとおりです。その一環として、自分で漬物を漬けてみるなど、いろんな体験もしてもらいたいと思っています。日本の食文化には、世界に誇れる素晴らしい要素がたくさんある。

ところが、漬物文化は「年寄りっぽい」と敬遠され、畑仕事は「自分でやるのは大変」だと思われることがあります。都心でも畑に触れられるという環境を軸に、我々のアイデアで日本の食文化をアップデートさせる。そんなことを、1年かけてやっていきたいですね。

(終わり)

編集=森ユースケ

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