いのちをつなぐために、タネを採る。『火の鳥』初代担当編集者が手塚治虫から受け継いだ志とは──野口種苗研究所・野口勲×PLANTIO・芹澤孝悦
自然豊かな埼玉県飯能市に店を構える「野口のタネ/野口種苗研究所」は、全国で唯一、固定種のタネのみを扱う種苗店。三代目主人である野口勲さんは、幼少期から手塚治虫の漫画を読んで育ち、19歳で虫プロ出版部に入社、『火の鳥』の初代担当編集者となった経歴をもつ。
家業を継いだいま、手塚治虫が一生をかけて訴え続けた永遠のテーマ「生命の尊厳と地球の持続」を、タネ屋として志を引き継ぎ、表現していくことに全力を注いでいる。
一方、PLANTIO(プランティオ)株式会社CEOの芹澤孝悦さんは、1940年代から始まったベランダ菜園ブームの火付け役であるプランターメーカーの三代目。
「祖父が発明したのはプランターという “モノ” ではない。家庭で野菜や花を育てるという “カルチャー” である」。そんな思いからプランティオを創業。
現在は、テックを活かして、ライフスタイルの中に「農と食」が当たり前に存在する社会づくりを目指すべく、「grow」というブランドを手がけている。
その一環として、主に都心のオフィスビルの屋上を中心に「grow FIELD」(IoT化した農園)を展開し、都会や家庭で野菜をみんなで育てるカルチャーの社会実装を目指している。
故・手塚治虫から意志を受け継いだタネ屋と、祖父から意志を受け継いだプランター屋の三代目同士が、植物のタネの仕組みや日本の農の問題点、海外との違いについて対談をおこなった。「生命の尊厳と地球の持続」のために、私たちにもできることはあるのだろうか。

野口勲(のぐち・いさお)
野口のタネ/野口種苗研究所代表。1944年、東京都青梅市生まれ。固定種・在来種、伝統野菜のタネを扱う種苗の店を、3代にわたって埼玉県飯能市で経営。伝統野菜消滅の危機を感じ、全国で講演をおこなっている。著書に『いのちの種を未来に』(創森社)『タネが危ない』(日本経済新聞出版社)、共著に『固定種野菜の種と育て方』(創森社)など。幼少期から手塚治虫作品を読んで育ち、大学を2年で中退。19歳で虫プロに入社。『火の鳥』の“初代”担当編集者を務めた
固定種とは「タネがとれるタネ」。本当の意味での「地産地消」とは
芹澤 野口種苗さんでは、固定種のタネのみを扱っていらっしゃいますね。プランティオの手がける「grow FIELD」でも、固定種・在来種の野菜を多く育てています。

野口 固定種とは、要するに「タネがとれるタネ」のことです。もともと、植物は根や茎葉の表皮細胞から土地の環境を判断し、タネをつけ、その種が落ちてそこでまた育つように作られています。そうやって育っていくことで、どんどんその土地のタネ、その土地の野菜になっていく。
同時に、土壌微生物も植物と一緒に育って、その土地に最適なタネができるように助けるんです。だから、大量生産のために効率を重視して、一回育てて終わり、という環境で固定種を育ててもあまり意味がありません。固定種の野菜を育てるということは、「タネを採る」ことにこそ意味があるんです。
野口種苗はタネがとれるタネを売って、タネを買った人がそれぞれの土地の庭や畑にまいて、またタネを採って、いのちを広げていってほしい。そんな思いでやっています。これが本当の意味での「地産地消」であり、「身土不二(しんどふに)」(※)です。
※身土不二
「人の体と土とはひとつである」とし、身近な場所で育った旬のものを食べて暮らすのがよいとする考え方。
参考:山下惣一 著『身土不二の探究』(創森社)

芹澤 おっしゃるとおりですね。最近では世間でも少しずつ固定種・在来種の認識が高まってきて、都内には固定種・在来種のみを扱うレストランも少しずつ増えています。この流れについてはいかがですか?
野口 固定種は、屋外の畑でおこなう露地栽培で育てる野菜です。多様性があるので生育が揃わず、一斉に多くの量を収穫することができないんですね。
その一方、世の中に多く出回っている「F1 (雑種第一代) 種」は大きさも形も揃った野菜が一斉にとれるので、野菜を育てる側も効率よく収穫できますし、流通の上でも好都合というメリットがあります。
たとえば、とある大手百貨店の食品コーナーには固定種の野菜コーナーがありますが、ある時期には同じ野菜ばかり並んでしまう。バイヤーは「この野菜はよく売れるから一年中作ってくれ」と言いたいでしょうが、それは固定種の露地栽培ではうまくいかないのです。
芹澤 「売れるものだけをつくる」という消費社会の考え方は、もう捨てないといけない。これからは一人ひとりが選んで買う時代にしていかなければと。
野口 ところが、消費者は「おいしいものを、いつでも、安く買いたい」と思ってしまう。こうして生まれたのがF1種です。異品種間をかけあわせた雑種の第ー代目であるF1種の野菜には、両親の顕性(昨年までは優性)形質だけが現れ、見た目も均一に揃います。
さらに雑種強勢という力が働き、短期間で成長するようになるため、畑を効率良く使うことができ、大量生産・大量消費の時代の要望に応えることができるのです。
さらに、現在のF1種のタネの多くが「雄性不稔(ゆうせいふねん)」という形質を利用して作られています。これは、ミトコンドリア遺伝子が変異して男性機能を失った状態です。
つまり、健全な花粉ができない、遺伝的に不健康な株からつくられたタネ、そして毎年買う必要があるタネだけが「流通に向いている野菜が作れる」タネとして販売されているのが現実です。

ゲノム編集の技術も後押しし、近い将来、世界中のほとんどの植物が雄性不稔に代わっていくでしょう。
雄性不稔の株からつくられた野菜を食べ続けることで起こる人体への影響はまだ明らかにはされていませんが、アメリカで起こった「CCD(蜂群崩壊症候群)」というミツバチの大量失踪事件などは、F1種のタネづくりに原因があるのではないかと、私は考えています。男性機能を失って、タネがつくれない植物を食べ続けたら…。動物の精子にも影響が出るのではないでしょうか。
カトリックにとって、土の中は悪魔の世界。地域ごとに異なる文化と歴史

芹澤 そんな状況で、食や健康、環境への関心が高い人々を中心に、世界中で「Grow Your Own Vegetable」という風潮が広まってきています。ニューヨークやロンドンなどの都心で手軽に野菜を育てる人が増え、ロンドンでは2012年のロンドンオリンピックをきっかけにおよそ3000箇所のコミュニティファームができました。
プランティオでも東京都心エリアのビルの屋上を中心にIoTコミュニティファーム「grow FIELD」の本格展開を始めるところですが、日本でコミュニティファームを展開するには、欧米諸国とはまた勝手が違ってきますかね?
野口 日本と欧米では伝統野菜の多くが全く違うから、勝手も違ってくるでしょうね。「野菜の歴史は文明の歴史」と言われるほど、海外とは気候も食文化のバックグラウンドも、なにもかもが違います。たとえば欧米には「菜っ葉」がありません。「菜っ葉」という言葉自体がないんです。
スーパーに行ってもひと目でわかるように、日本の野菜の代表は菜っ葉です。ところが欧米にはほとんどありません。レタスやほうれん草はありますが、黄色い菜の花が咲く野菜はせいぜいキャベツやブロッコリーくらい。
なぜ菜っ葉の文化が育たなかったかというと、菜っ葉はもともと、カブや大根などの根菜なんです。それらの多くは地中海周辺の砂漠地帯原産で、雨が少ない気候なので根っこに栄養を蓄えています。こうした根菜類は、古代エジプトでは労働者の給料でもありました。
ところがローマ帝国の時代、カトリックの国ではお金持ちが食べるものは空の上から順に、空を飛ぶ鳥、空中になっている果物、大地を駆け巡る獣、地上に生える葉っぱ、そして最後に地中に埋まるカブや大根とされたのです。
カトリックの世界では、土の中は悪魔の世界。ゆえに地中に埋まる根菜は人間の食べ物ではなかったんです。カブなどは主に家畜用として作られましたから、品種改良も全く進みませんでした。だから菜っ葉が少ない。
芹澤 気候や文化によって、まったく違った状況になるんですね。
野口 欧米で主流のレタスなどの葉物はキク科です。キク科は交雑(こうざつ)しづらいのでタネがとりやすい。対する日本の葉物は、ほとんどが交雑しやすいアブラナ科です。
海外の多くの畑には「エアルーム品種」という、家宝として代々受け継がれたタネがあるのも、タネ取りのしやすさによるところが大きいでしょう。都心で江戸の伝統野菜を育てる試みは面白いけど、海外とは違う難しさがあることは知っておいたほうがいい。
ジャン=マリー・ペルトの『おいしい野菜』という本の中に、『身分相応な野菜』という話がありますが、欧米では先述したように野菜にも階級をつけていた。

欧米の人々が土の中で育つものを食べ始めたのは、プロテスタントが生まれ、ドイツなどの寒い地域にアメリカ大陸からジャガイモが入ってきて、そのジャガイモで生き延びられるようになってからなんです。
日本でも、中国から仏教とともにカブや大根が入ってくるまでは、米、粟、ひえ、大豆、麦の五穀が食べられてきました。麦以外は春から秋に育てる野菜で、夏の間に冷夏や干ばつなどの天候異変があると日本中が飢饉になることもありました。そんなときに秋まき野菜のカブや大根を育て、漬物を作っておいたことで飢饉を救ったんです。そして日本はカブ・大根・菜っ葉の第二の故郷になりました。

芹澤 そして日本が菜の花の国になっていったんです。まさに野菜の歴史が文明を作っていますね。
野口 カルチャーとは元来「土を耕す」という意味ですからね。
植物は、食べられるために生きているわけではない
芹澤 そんな日本で、野口さんがこれからのコミュニティーファーム、都市農園で取り組んでほしいと思うことはありますか?
野口 とにかくたったひとつ、タネを採ってほしい。都市農園だろうと、家庭のプランター菜園だろうと、自分でタネを採って、育ててみてほしいんです。採ったタネはその場所で育ちやすい子どものタネです。植物は食べられるために生きているわけではない。タネをつけるために生きているんです。放っておいて、タネにするのが一番良いんです。
一番元気に育っているときにできた実や花のタネが、一番良い。もっとも、食べてもおいしいですが、そこは少し我慢して(笑)。良い実に印をつけて、茎につけたままにしておいて、完熟させると、元気なタネがとれますよ。
ナス科のトマトなど、自家受粉性の植物がいちばんタネとりしやすいでしょう。植物のタネを採って、いのちをつなぐという試みが、少しでも多くの人に広がっていくことを願っています。いのちのつながるタネで育った野菜を食べることで、人間の生命力も強くなり、少子化の進行にも歯止めがかかると思っています。
取材・文・撮影=田中利奈
編集=森ユースケ
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「grow FIELD」では、固定種・在来種を育ててタネを採っています。
採れたタネは無料でお譲りしています(※)ので、
ご自身でも「固定種・在来種を栽培し、タネを採ってみたい」という方は、
お気軽にお申し込みください。
タネは季節に応じてまきどきのものをお届けします。
タネの種類はおまかせとなります。あらかじめご了承ください。
※ タネのお代はいただいておりませんが、
送料として全国一律170円ご負担いただいております。
※ クレジットカード以外の決済方法をご希望の方は info@plantio.com までご連絡をお願いいたします。
※ 検疫の都合上、郵送先は日本国内に限らせていただきます。
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アプリ「grow go」は、下記リンクからダウンロードできます。
iPhoneアプリ
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